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自分の母親にさえ愛されないとしたら、いったいだれがわたしを愛してくれるというの

ゲイルは言う。「自分の母親にさえ愛されないとしたら、いったいだれがわたしを愛してくれるというの?」

これは 後に紹介する「毒になる母 自己愛マザーに苦しむ子ども」という本に出てくる、毒親に育てられていたゲイルという女性の悲痛な叫び。

これは今の私そのものを表していると言ってもいい。

※前々回より続く毒親関係の記事です。

jijihijiki.hatenablog.com
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だらだらと書き連ねているが、一言で言うならば私は母に愛されなかった。という思いをずっと抱えている。

ここ2ヶ月私のメンタルは近年稀に見る低空飛行状態だった。朝起きて夜寝るまでずっと死にたい気持ちがこびりついて離れない。無気力で動けない。どうにかしたくて、いのちの電話インターネット版に相談したり、生理前の落ち込みようが特にひどいので婦人科へ行ったり(結果PMDD)薬を飲んでも根本の死にたさは改善しないので、すがるような気持ちで本を読んだりしていた。

その時に出会った2冊の本が私を"肯定"してくれて、少しだけ気持ちが回復へと向かいはじめた。長年、苦しめられてた思いにやっと一筋の光が射した、今そんな気がしている。

今回はその中の1冊「毒になる母 自己愛マザーに苦しむ子供」を中心に、私が生きづらさを感じてしまう理由は何故かを書いていこうと思う。

 

毒になる母 自己愛マザーに苦しむ子供 (講談社+α文庫)

毒になる母 自己愛マザーに苦しむ子供 (講談社+α文庫)

 

 

これまで、様々な毒親関連本を読んできた。読んできた本は、どちらかというと共感するものが多かったように思うが、この本は今の私の状態を"肯定"し、それを"回復"へと導いてくれる新しいものだった。

今まで人から言われ続けてきた「それでも親なのだから」「親孝行しないと」「そんなこと忘れてしまえ」「育ててくれたのだから感謝しないと」という言葉は極端な話であるが"否定"であると私は思う。

誤解のないように書きたいと思うが、まず親に対して最低限の感謝の気持ちはある、そしてもう一つ私はこの言葉に憤っているわけじゃないということ。これらの言葉は一般的にそう言っておくことが普通だと私も思う。母親や父親が、子どものことを愛もなく育てたわけがない。お腹を痛めて産んだこどもなのだから。それが一般的な考えで、常識であり、倫理観であると思う。何よりそう思うことのできる貴方は、自分のことを愛してくれる家族に育てられたのだと思う。

しかし現に私は、生きづらい、死にたい、親に愛された記憶がないと感じている。そんな私にとってその言葉は"否定"であり、言われると、そういう風に考えてはいけないのだ、と思いを隠し、考えないフリをする。抱えた傷は癒えないままに。

母は昔私に言った、「あんたも親になったらきっと私の気持ちがわかるよ。まぁなれたら、の話だけど」と。

子どもの頃は、素直にそうなんだと思っていた。私はまだ子どもだから親の気持ちがわからない。だから子どもを産めば親の気持ちがわかるのだろうと。だから私が不細工と言われ続けることや、何をしても褒められないこと、比較されいかに私がダメであるか言われ続けてきたことなど、それら全て自分の所為にして、こうして子どもを産むまで、言い返すこともなくその言葉を受け止め、我慢してきた。

しかし蓋を開けてみれば、私は親の気持ちがさっぱりわからなかった。本当に私が不細工であることは置くとしても、少なくとも我が子に「産まれてこなければよかった」と言ってしまう親の気持ちがやっぱりわからない。そう思えば思うほど、私はまた母との関係で悩むのだ。

忘れたいのに、忘れることができない。こんな思いを消したくても、やり方がわからない。人に相談しても、忘れろと、それでも親は愛しているから許せと人は言う。

……もう、私はどうしたらいいの。

これが2か月前の私の心境。

タイトルの、冒頭のゲイルの台詞に戻ろうと思う。

「自分の母親にさえ愛されないとしたら、いったいだれが私を愛してくれるというの」

何故これが私を表しているかと言えば、胸が苦しくなるほどに、私はこの気持ちがわかってしまうからだ。

ありのままの自分でいては、私は母に愛されなかった

みんなが普通に、産まれたなら与えられるはずであった、母の愛をもらえなかった私は、きっとダメな人間に違いない、愛される価値のない人間だと、こう思うのだ。

幼少期に母親に承認されないと、娘は自分の存在意義が確認できず、「努力しても無駄だ」と学んでしまう。一生懸命、母親と心を通い合わせようとしてそれがかなわないと、母親を喜ばせられない原因は自分にあるのでは、と考える。「自分は愛されるに値しない人間だ」と。

それどころか、産まれてこなければよかったのだとはっきり言われた私は、もっといらない、価値のないマイナスの人間なのだろう。だから私は必死に努力する。母に褒められたい、認められたい。その一心で。母に怒られる自分はダメだ、母の言う通りにできない自分は嫌いだ。幾度も自分を変えようとしたけど、何をどう変えたら愛してくれるのか、結局はわからなかった。何をしたって、褒められたことがないから。何をしても認められない私は、母親にすら愛されない私は、他人からも愛されるわけがない。私が母親から愛されないのは、自分が他の子より悪い子で、価値がなくて、グズで、醜いから、仕方ないのだ。誰もきっと、こんな私を愛してくれるわけがない。そう思って生きていくしかなかった。

愛していると言われたい、私という存在を認めてほしい……産まれてきてくれてよかったと、そう言われたい。その欲求を満たすためだけに私は努力して、行動していただけの人生だった。 

紹介した本には他にも私が今抱える問題を代弁してくれる声が多くあった。

カイリーは娘を産んで、過去の思い出がよみがえった。「母とは心が通いあわなかった。母はわたしに見向きもしなかった。自分が受け取れなかったものを娘には、ちゃんと与えたいの。 

わたし、自分に自信がもてません。つねに肩越しに母にのぞかれているような気がして。些細な失敗をしただけで批判されるんじゃないかと不安になるし、なにをするにも『母ならどうするだろう?』って考えてしまいます。

どれもこれも私が今悩んでしまうことがこの本には載っていた。

今更なぜ母との関係をこんなに悩むのか、もう実家から離れて3年も経つというのに。これではいつまでも、親離れできない子どものようではないかと情けなく思っていた。でもそれは違った。

あなたは悩む。自分も母と同じように、わが子を「精神的な孤児」にしてしまうのではないか。子どもを損なってしまうのではないか。はたして自分に子どもを育てる資格があるのだろうか、と

私は母という立場になったからこそ、自分の子どもとの関わりを通して、自分の母親との関係に悩んでしまうのだ。

‪自分と同じ思いをさせまいと思うが故に私は悩む。私と違って、子どもたちにはちゃんと、自分を信じて、自分を愛して、自分を知ることができる人間になってほしい。そう思っているから。しかし、それができるのは、自分もそれができる母親だけなのだ。だから私は自分を変えなければならない。そういう人間になってほしいなら、自分がそうならなければならない。

自分を、取り戻さなければならない。

今はまだ、そのほんのスタート地点だ。自分を取り戻す過程で、まず避けては通れないことがある。それは、

母親は私を愛してはいなかった。という事実を理解すること。

母は母なりに私を愛していたのかもしれない。しかしその愛は世間体>>>>>>娘。これだけは間違いない。

自己愛人間は愛情と共感が示せない。感情が薄っぺらで、世間体が何より大事だ。
あなたの母親にこのような特徴が見られたら、あなたは「自分が母親から理解されない」と感じているかもしれない。あなたの母親が娘の本当の姿を理解しようとしないからだ。娘のほうは幼少期から母親の欲求や感情を応えることが自分の役目と思い込んできた。そうでなければ、自分が母親にとって重要な存在じゃなくなるからだ。

母は、愛情や共感を示す能力に欠けている。そして母は、自分が受けた様々な傷を、夫婦間の問題を、けして自分では認めず、それを娘に投影する形で発散していた。

自己愛マザーに夫との問題を吹き込まれた娘がどれほど心の痛みを覚えるものか、母親にはまるで自覚がない。娘は、自分が父親と母親の特徴を半分ずつ受け継いでいることをわかっているため、父親にたいする批判を自分への批判のように受け止める。母親が大人の問題を吹き込むと、娘は両親とのあいだで健全な依存関係が結べなくなり、不安と孤独を感じる。親の問題をどうにもできないために罪悪感まで抱え込む。

それは親としてはあまりにも不適切な行為だ。そうした結果、私は歪んで育ってしまった。

母は、一生変わらない。

回復のためには事実を直視しなければならない。母親が慈しんでくれる日はこないし、母親が変わるという願望も実現しない。

だからいくら待っても、一生母は私を愛してはくれない。私はそれを受け入れて、母親に対する願望を捨て、諦めるしかないということ。

どうしてもやりきれない思いや、怒りが込み上げてくるときもあるが、もう我慢なんてしない。もう私は親の不都合を自分の所為にしたりしない。

間違いなく、この生きづらさは親が原因である。

自信がなくて、価値がないと感じるのも、劣等感の塊なのも、努力したって自分を認められないのも、生きているだけで申し訳なく感じるのも、全てだ。

母親の共感や愛情が得られないため、心は通いあわず、娘の欠落感はぬぐえない。母親に愛されたいという娘の欲求は、大人になっても満たされないままになってしまう 

……しかし、仕方ないことなのだ。なぜなら母親の母親もまた母親のことを愛してはいなかったのだから。正しい愛を知るものが、少なくとも私の周りにはいない。祖母が、つまり母の母が自己愛性パーソナリティ障害だと聞いた時、私はこれを確信してしまった。

生きづらさが親の所為だと認めることができたら、次は受けた傷を癒す為に、悲嘆のプロセスを辿っていこう。

このプロセスは、簡単に思い出したくもないことを思い出し、その時の自分の感情をありのままに認識し直す作業だったりする。なので傷口に塩を塗るようなことをやる。しかし正しくこのプロセスを終えることができれば、今までのことが嘘だったかのように気にならなくなるだろう。

自然な悲嘆のプロセスとは「否認」「怒り」「取引」「抑うつ」「受容」の5段階。

しかし、この作者曰く、私たちは親から育てられる中ですでに「否認」と「取引」をずいぶん経験しているのだという。そうした作者の考える悲嘆のプロセスはこうだった。

  1. 「受容」―「自分の母親には愛情と共感を与える能力が欠けている」という事実を受け入れる。
  2. 「否認」―子ども時代、わたしたちは「母親が人を愛せず共感も示せない」という事実を否認することで生き延びてきた。子どもは無条件に愛されたいと望むものだが、わたしたちは生き延びるために、その事実を否認するしかなかった
  3. 「取引」―わたしたちは、心のなかでも現実の世界でも母親と取引してきた。母親がいつか変わり、ちがう態度で接してくれることを願い、希望にすがって生きてきた。そして長年、母親の愛情と承認を得ようと努力してきた。
  4. 「怒り」―情緒的な欲求に応えてもらえず無視されて育つために、わたしたちの人生が大きな影響を受けたことに強い憤りを覚える。そのような影響を許し、根づかせてしまった自分にも母親にも猛烈な怒りがわく。
  5. 抑うつ―理想の母親像と、理想の母親をもつという望みを棄てることに深い悲しみを覚える。愛情深い母親は得られない。自分が孤児か見放された子どものように感じる。

癒される為には、この5段階を行ったり来たりしなければならない。

再度言う、忘れることはできない。こうして思い出して、傷を癒やしていかなければならない。忘れることができない。というか、忘れるということは、癒されてはじめて、考えなくなる、忘れるということができると思うのだ。

過去を忘れて、今を生きろという言葉はそのプロセスの重要性を理解できないから

忘れろ、とよく言われるし、実際そうするのが手っ取り早いと思うかもしれない。傷を負ったまま、忘れろというのは、臭いものに蓋をすることと私は同じだと思う。悲しみから解放される為には、悲しみに向き合うほかない。そうして向き合ってはじめて、傷は癒される。でもその道のりはけして容易ではない。言い切れるのは身をもって一度経験しているからだ。

昔、自ら自然とこのプロセスを辿ったことがある。その時はある出来事1つだった。そのたった1つの痛みでさえも、怒りや悲しみが湧かなくなるまでに3年はかかった。その時も本だった。私の気持ちを代弁してくれる本に、悔しさや苦しみをぶつけて思う存分泣いた。そうして思い出さなくなった。それでもまだ思い出す時だってある。それなのに今度は20年だ。20年分の痛みを1つ1つ辿らなければならない。気の遠くなる作業だし、何よりも根気が必要だ。

あなたの目標は理解し、責任を持ち、癒すことだ
責任を持つとは、「どんなことが起きても、自分の感情や、行動の責任は自分にある」という立場にたつこと。

どれだけ今の自分が抱える傷や、それに伴う感情が親の所為だといっても、自分の行動は自分の責任が伴っている。それは当たり前のことだ。だからこのプロセスの中で、親を殺したいほど憎い気持ちに駆られて、行動を起こしてしまったとしても、それは親の責任ではない、私の責任だ。私には憎しみに駆られるままに行動するという選択もあるが、それを癒すという選択肢だってあるのだ。それを選ぶのは紛れもなく私だ。だから私が選択して起こした行動は、誰のせいでもない、私が、責任を持つということ。それを十分に理解しながら進めていく必要がある。

感情を行動で示すのはやめ、文字で書きあらわす。自分を破壊し、周囲を傷つける行動は避け感情とじっくり向き合う

書きながら気持ちを静かに整理する術を、私は身に着け、思った素直な感情をブログや、紙に書き記し、淡々と整理する。そうしていく内に、少しずつ怒りも収まってくるのだろう。

しかし、そうしている内に怒りや憎しみが薄れても、多分もう、親を許せることはないのだと思う。いつかは癒やされれば許せるのだと思っていた。でももうダメだ。思い出せば思い出すほど理不尽な暴力や、罵倒に怒りが込み上げる。

自分の行為に責任を取る者だけを赦せばいい。相手があなたを傷つけたことを認め、心から悔いたときだけ赦すのだ

一生そんなときはやってこない。だから、私は母親から愛される願望を捨てなければならない。今後一切。 捨てれば、愛されたい思いからくる憎しみも怒りも、もう湧くことはないのだから。

こうして焦って、本を読んだり、苦しい思いを自らしていると、自分の首を自分で締めている気になることもある。それでも早く変わりたいのは怖いからだ。

はじめて「あんたなんて産まれなければよかった」と言われたのは2歳か3歳そこらのことだった。私ははっきりと覚えている。そして自分のこどもが、その時の私と同じ年齢に近づいている。それは嬉しいことのはずなのに、怖く思ってしまう自分がいる。私は母みたいになっていないか、そんなことを口走らないか。私は母のこどもだから、母みたいになってもおかしくない。嬉しさより恐怖が勝ってしまうのだ。

私は子どもが、まだお腹にいる時から、絶対に私のような思いだけはさせない、と幾度となく誓った。しかしこれは同時に、もし母のようになったら、という恐怖にいつまでも苛まれるはじまりでもあったのだ。

母親から受け継いだ負の遺産を我が子に伝えたい、と願う親はいない。だが、ポジティブな母親の役割モデルを知らないあなたにとって、負の連鎖を断ち切ることはむずかしい。

子育てに関しては、母親みたいなことをしなければ大丈夫だ。と思っていた。だから母親と全く逆のことをしよう、と。しかしそれは間違いであった。以下を読んでもらえばわかる。

母親のようになりたくない一心で、正反対に行動する娘は多い。だがそうすることで、結局は、あなたが必死で避けようとしている力学をつくりだしてしまう危険性が高い。

毒親の正反対も、また毒親なのだ。放置する親の正反対を目指せば、過干渉する親になってしまうということだ。そしてこれを防ぐカギは「中間地帯」にあるのだという。

健全な自己と健全な母親業にとって一番大切な資質は「人を愛する能力」と「共感を示せる能力」

この2つを最低限心に留めておけば、私の価値観に基づいた母親になることができるのではないか。共感こそが愛情の礎だ。私は子育てに対して少し思いつめすぎていたように思う。そのことばかりに必死になりすぎて、子どもたちにとってそれが最善かどうか、は二の次になっていた。反省したい。

こんなに素晴らしい本であるが、一つだけ相容れないところがある。それは"回復した暁には貴方も1人の人間として親を愛することができるだろう"という点。

許さなくてもいい、距離を取る、自分を母親ではなく1人の人間として自覚する、被害者意識から抜け出す、まではわかる。しかしそこから愛することができるか、と言われれば答えはNOだ。さすがはあちらさん的な考えというか、右の頬を殴られたら左の頬も差し出せと、そう言われているような感覚を覚えた。私は自分に何も害のない人に愛を与えることはできても、既に攻撃や、暴言を吐かれた人に同じように愛を与えることはできない。相手に対して無になるのが一番いいと私は思う。無、とは一切何の感情も相手に湧かないこと。愛も、ポジティブな感情も、今は抱いてしまう怒りや悲しみなどのマイナスな感情でさえも、何の感情も湧かない、それが無だ。私は、人と比べて経験しなくてもよかったであろう苦労を、それを経験したおかげて今の私があると感謝できるほど、できた人間じゃない。産んでくれたおかげて、こうして幸せに人生を送れている今に感謝こそすれど、やはり私は親を愛することなど私はできない。

……さて、ここまで割と本のことや、最近の心境を割り切ってまとめたつもりではいるが、正直に言えばまだまだ割り切れてない。激しい怒りが最近やっと落ち着いたところで、やりきれない思いは未だ残ったままだ。まだおそらく「抑うつ」状態にいるんだと思う。

実は自分がだめなのではない、と思うことは私にとって難しい。

変なことを言うと、自分がだめだと思ったほうが楽だ。なんでもかんでも自分の所為にしたら、自分が努力したらいいだけの話で済むじゃないか。まあその蓄積が今の自己肯定感の低さに繋がっているのだけど。しかしこれが私の所為じゃないとしたら、私に何も悪いところがないとしたら、私は一体何をしたらいいのか。

そこには怒りと、悲しさと虚しさがあるだけなのだ。あとは時間が傷を癒してくれる、それを待つだけ。何も努力することができない。

……私はただ、普通でよかった。ただ、母や父に気を使わず、ありのままで話をしてみたかった。今の、私のこどもたちみたいに、私や夫が普通に会話して笑って……それだけでよかった。多くを望んだ覚えなんてない。でもそれさえも叶わない。この辛さを認めて、自分を取り戻すなんてこと、自分1人じゃできやしない。きっと子どもが産まれなかったら、子どもの為じゃなかったら、やろうなんて思っていなかっただろう。

‪子どもたちが、自分を信じて、自分を愛して、自分を知ることができる、そんな人間になってほしい。その一心で、私は今後も自分を見つめ直し続ける。たとえ間違ったことをしたとしても、きちんも子どもと向き合って、謝れて、話ができるそんな母親になりたいと心から思いながら、記事を締めくくろうと思う。

 

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お世話になった本

今回のメインの「毒になる母 自己愛マザーに育てられた子ども」の他にももう1冊。

共感することが多いと感じた書籍は、前回、全然回の記事で紹介しているので省略する。

希死念慮という言葉を知った時にたどり着いたとあるカウンセラーの「親孝行」についての考えwww.koho-counsel.com

子は親に似る? 大阪北堀江のカウンセリング・スペース・幸朋

希死念慮・自殺念慮|大阪堀江 幸朋カウンセリングルーム
「毒になる母 自己愛マザーに苦しめられる子ども」を知ったきっかけとなったブログ

haguki-lovey.hatenablog.com

お世話になったいのちの電話インターネット相談

自分は好きで死にたいと思っているのではない、変わりたいと思っている。子どもが産まれたからこそ、母との関係に悩んでいるんだ、という思いに気付かせてもらった。感謝

www.inochinodenwa.org