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産まれてこなければよかった、という呪い。

日記 毒親

※1/17何が言いたいかわからなかったので少し追記しました。

一生私はその呪いに縛られて生きていくのかな、とネガティヴになっていたのは、本当に生理前ってのもあったみたいです。まあ一番は前の記事で母親から恨み言が書かれたLINEが来たせいなのだけど。

この記事を何故書いたかと言えば、毒親について知ってほしい。家は変?って思ってる人にいち早く気付いてほしい。本当はそんなことを言いたかった。何よりもこれを、高校生の時の自分に宛てて書いてるような気がします。君の家毒親だから安心?して離れなさい、ってそんなことがわかるように。

そんなたくさんの気付きとなるきっかけを、この記事に詰め込みました。せめて毒親とは〜まではお付き合いいただけたらと思います。

はじめに

貴方は、突如として、普通だと思っている友人に「実は私(または俺)親が嫌いでさ〜」と話しかけられたとする。貴方は何と答えるだろうか。場所は様々だ、大勢の人の中での飲み会やら、あるいは2人きりで。友人は、別に虐待されたわけではないと言う。だとしたら貴方は「親に感謝しなきゃ、大人にならなきゃ」と言うだろうか。でももし、少しでも余裕があったのなら、どうか「どうしたの?」と話を聞いてあげてほしい。

友人も、こんな話で空気を悪くしたくないから、おそらく茶化して話しはじめるに違いない。しかしその心の奥底では真剣そのものだ。

話を聞いた上でそう思うのなら「感謝しないと」と言えばいい。そうでなければ、どうか「自分の家は違う」と言ってほしい。別にその話に同情しなくていい。ただそれを言ってくれるだけで、自分の家が異常であると気付く、大切なきっかけになるからだ。

気付く、というのがそれだけ大切で、難しいことである。ということを知ってほしいと思う

毒親とは。毒親チェックリスト、関連本

これだと思ったきっかけはもう忘れてしまったけれど、「あ、家はちょっと変かもしれない。」と気付きはじめたのは中学生の時だった。おかしいかも?と思いながら成長を重ね、段々それが確信に近いものとなり、大学生の時毒親というワードに行き着いた。

ちなみに、毒親とはなんぞや?Wikipediaさんはこう言っている

毒親 - Wikipedia

 毒親(どくおや、英:toxic parents)とは、過干渉などによる児童虐待によって、一種の毒のような影響を子供に与える親のこと。

毒親、を調べていく内に機能不完全家族という言葉も出てくると思うので、こちらも載せておく。

機能不全家族 - Wikipedia

機能不全家族(きのうふぜんかぞく、英:Dysfunctional Family)とは、家庭内に対立や不法行為、身体的虐待、性的虐待心理的虐待、ネグレクト等が恒常的に存在する家庭を指す。機能不全家庭(きのうふぜんかてい)とも称され、その状態を家庭崩壊(かていほうかい)、もしくは家族崩壊(かぞくほうかい)と言われている

だいたいこのぐらいの歳の時に、「不幸にする親」という本を買った。 

 

不幸にする親 人生を奪われる子供 (講談社+α文庫)

不幸にする親 人生を奪われる子供 (講談社+α文庫)

 

 

この本の中に、チェックリストがあるのだが、Webで取り扱っているページがあったので、もし、毒親かどうか気になる人がいたら試しにやってみてほしい。66項目もあるけど。

 毒親チェックリスト 毒になる親の特徴

この66項目の中で22項目以上(1/3以上)当てはまるならば、影響を受けている可能性が高く、まずある程度普通の親に育てられたこどもは1/3を超えることはない、とまで著者ははっきりと本で述べている。今でも私は44項目が当てはまってしまった。当たり前のことが当たり前じゃなくて、なおかつ異常だということの衝撃はすごい。あまりの衝撃に最初こそ認めたくないとまで思ってしまうが、わかりやすく1/3という基準があれば、認めるしかない。認めようという次の段階に進むことができる。

さて、毒親や、機能不完全家族の元で育てられた子どもはアダルトチルドレンになりやすい傾向にある。もし上記の項目にたくさん当てはまるようなら、こちらも確認しておくといい。

 アダルトチルドレン - Wikipedia

今は親元を離れ、結婚して、こどもも2人授かり、4人の家族と暮らして、これ以上ない幸せを感じている。それなのに、未だに呪いが私を苦しめる。親のことで今でも胃が痛くなるし、過去のやりきれない思いで胸が張り裂けそうになる。呪いは自分で思ってるより根深い。義実家に行って、普通の家族を知れば知るほど、今まで育った環境の異常さに気付いて、差を感じてしまう。家族を許したいけど許せない。そんな思いから初めて「母がしんどい」「毒親育ち」という2冊の本を買った。 

 

母がしんどい

母がしんどい

 

 

 

毒親育ち

毒親育ち

 

 
2冊とも境遇は違う。まるで違うのに、まるで私だと思った。「母がしんどい」は共感しすぎて読み進めるのが辛くなり、「毒親育ち」では他人に頼れず頑張りがちなところや、自分を大切にできないところ。特に作中に出てくる「承認欲求のゾンビ」という言葉なんて、私そのもので笑ってしまった。

他には…こちらも有名だが、「ゆがみちゃん」

「ゆがみちゃん」本編 ①追憶編|原わた|note

最近だと、完結してないがWebで読めるもので、ふんわりジャンプから「毒家脱出日記」

毒家脱出日記~親が苦手じゃダメですか?~ | ふんわりジャンプ

特にこの、第8話のこのシーン。

f:id:shinyrockbook:20170117144039j:image

このシーンがわかりすぎて辛かった…他人の家に行ってお母さんとお父さんが会話してるのがショックでたまらない。わかる。わかりすぎる。このように普通の家と毒親育ちでは、自分の価値観が自分が気付かぬ内に歪められてしまうのも特徴だと思う。

そしてこちらは、毒親をテーマにしていないが「さびしすぎてレズ風俗に行きましたレポ」と「一人交換日記」個人的に共感するところが多かったので、載せておく。

一人交換日記 (ビッグコミックススペシャル)

一人交換日記 (ビッグコミックススペシャル)

 
さびしすぎてレズ風俗に行きましたレポ

さびしすぎてレズ風俗に行きましたレポ

 

 これら先駆者の本を読むことで、読み進めるのは辛いかもしれないが、「家ってそうかも?」段階の人には「家はそう!」まで進めることができる。これは本当にありがたいことなのだ。

生まれ育った家族、家庭というものは、自分にとっては当たり前のところであり、まさか異常があるとは、自分では気づけない。(思いたくないというのが強いかもしれない)だいたいは、何かしらで生きづらさを感じることにより、初めて異常に気付く。その時点でもう、そのこどもは毒されているといえる。特に精神的な虐待については、一見普通に見えるので、発見も遅れがちだ。他の家って、家庭ってなかなか比べようがなくて難しい。

私も確信がなかなか持てなかった一人だ。よくよく考えてみれば、家は暴力はないものの、借金、両親の不仲、言葉の暴力や支配「産まなければよかった」にはじまり「あんたは何をやってもダメ」「父親に似て本当に残念な顔」「ブサイク」等々……塵もつもれば、山。数え役満なのに。

その他毒親について、または毒を受けてしまった自分について、参考にしたブログも併せて紹介したい。

「父親がクズなのがホントのことだとして そのグチを子どもにぶつける行為はクズではないの?」 - 斗比主閲子の姑日記

親に愛されてきた人が語る決定的に間違った毒親との関係

大人になってから自己肯定感を高めるには - こじらせ女子のつまらない出来事

群がる「親」という名の感謝乞食たち - yuhka-unoの日記

自分の親が毒親だと気付いたら

もしくは、自分が毒されていると気付いたら、どうしたらいいのか。

気付けた時点で半分以上は抜け出せていると思っています。一先ずおめでとう。先ほども書いたが、家族、家庭というところは、自分にとっては当たり前のところで、なかなか他と比べようがないから気付くのも遅れがちなところがあるように思う。気付くことまでも大変。頑張ったね。気付けたら後はもう脱出あるのみ。いざ行かん外の世界。

でも、ごめんね。そこからも大変。

気付いたら気付いたで苦しいです。あと50%は自分の心との戦い。ここまでも色々葛藤してるのにね。毒されたと思う人、自分は人との接し方、人とは違うように思える人。どんなに幸せでも親の影がちらついてしまう人。私みたいに呪いに思い悩む人などなど、とにかく毒親によって、今に生きづらさを感じてしまう人。

どうしたらいいのでしょう。それはもう、溜まってしまった毒を「正しい」ところへ吐き出す。それしかない。

「正しいところ」というのは人によって様々(配偶者、友人、本を読む等)だと思うが、その一つの選択肢として精神科、カウンセリングをやはりお勧めしたい。だって、心のプロだもの。

「母がしんどい」の方も最終的には精神科・カウンセリングを受けているところをみると、やっぱりそれが一番なのかな、と思う。

精神科はハードルが高いという人。日本いのちの電話連盟というのがあって、無料で電話相談できるそうなので、まずはそれも一つの手かもと思います。

一般社団法人日本いのちの電話連盟

そんな偉そうなこといいつつ、私自身夫に吐き出すだけ吐き出して、行きたいと思いつつ行けてないので、いつかこの記事の続編として精神科へ行ってみた、みたいなタイトルの記事を書けたらいいと思う。乞うご期待。

産まれてこなければよかった、という呪い

ここからは特に掘り下げて過去のことを書いていこうと思う。自分語り乙で、吐き出したいままに自分が毒を吐いているだけなので、毒親が何か知りたかっただけの方はブログを閉じていただければと思う。

あ、上記で紹介した「母がしんどい」はpixivコミックで少し無料で読めるので、気になる方は是非。

 母がしんどい - 無料マンガサイト pixivコミック

……さて、虐待といえば、世間ではまだまだ身体的な虐待を想像するかもしれない。そして、そういう人に比べれば暴力を振るわれないだけで、生きているだけで感謝しなさいと言われる。加えて、親は私を大学まで進学させてくれた。立派だと思う。ほら、やはり感謝しなければ、と言われることだろうと思う。

誰に対しても、ぽろりと私が「親が好きではない」と零すと、必ずと言っていいほど「親に感謝しなきゃ」と言われる。親が嫌い、という言葉は世間では絶対に言ってはいけないことであり、それを言ってしまうのは、まだまだこどもであるという社会の意志さえ感じる。

確かに感謝しなければならないことは山ほどある。私が産まれたこと、礼儀やマナーを育み、衣食住にだって困ったことはない。だから親に感謝しなければ、と頭では理解している。その上で嫌い、憎いという感情が捨てられない。

特に産んでくれたことには感謝せざるを得ない。私という人間が産まれてくることができたのは、紛れもなく母と父のおかげだ。でもそれを人から「産んでくれたのだから、感謝しないと」言われると「じゃあなんで『産まれて来なければよかったのに』と言ったのでしょうね」と噛み付きたくなる衝動をいつも抑えている。

「産まれてこなければよかった」「あんたなんて産まなきゃよかった」「あんたさえ産まなきゃ私は離婚できたのに」

これらの言葉がいついかなる時でも頭を離れない経験をしたことがあるだろうか。私はこれを言われたことにより、自分を大きく否定された。自分の存在意義が曖昧で、自己肯定感が著しく低くて、漠然とした不安をずっと抱え、悩んで生きてきた。未だかつて私の周りでこの言葉を言われた人に実際に出会ったことがない為、本当の意味で悩みを共有した人もいなかった。だから本を買ったのだけど。

小さい頃、私は生意気な子供だった。ああいえばこういう、口が減らない子だった。さぞかし子育ては大変で、腹立つこともたくさんあったろうと思う。越えてはいけない壁を越えされてしまうような子どもだったのかもしれない。

そう言われたことがあると人に愚痴を零したら、「言った本人はそんなこともう忘れているよ」と返ってきたこともあった。「だから、君ももうそんなこと忘れなさい」という意味を含んで言ってくれたのだと思う。

母のことだから、忘れてしまっている可能性は高い。でも、言われた方はずっと覚えている。アドバイスは有り難いし、きっと忘れた方が身の為なんだろうけど、残念ながら今は忘れろと言われても無理なのだ。

産んだ母親が、自分のことを否定することが、子どもにとってどれだけショックなことであるか。回数まで覚えている。3回だ。根に持つ性格だから余計悪かったのかもしれない。

3回の内1回目はかなり幼い頃だ。何を言ってそう言われたのか覚えていない。小さいからって馬鹿にしてはいけない。その言葉に愕然としたのははっきり覚えているのだから。

2回目は小学生の時。学校から帰ってひょんな事から親と口喧嘩をして、売りことばに買いことば、段々ヒートアップ。私も口が減らないから、生意気なことを何か言ったんだろう。でもそれを言われた時は、もう何も言葉を返せなかった。 それで喧嘩も終わりだ。黙って部屋に戻って1人で泣いた。親からのフォローは一切何もない。それどころか夕飯になって親と顔を合わすといかに私が悪いかということを延々と怒られ、何度謝ってもそれは続く。謝っても、その言葉についてのフォローは何もない。フォローなんてあったこともない。

3回目は大学の時、それも20歳を越えてからだ。1番よく覚えている。きっかけなんてくだらない。大型就活イベントへ車で行っていいかどうかということで喧嘩した。そこから何故それを言われたのかは思い出せないが、とにかく言われた時は決定的だった。「やっぱり親は私のことは好きではないし、本気で邪魔だと思ってたんだな。よかった」とすら思った。安心して嫌いでいられると思えたからだ。

私は一回だって、「産まれてこなければよかったのに」に言い返したことはない。言い返したら怖いから。もし「じゃあ産まなければよかったのに」って一回でも言ってたらどうなったかなと思うことはある。多分ボコボコに叩かれて怒られて終わってただけで、何も変わらないような気がする。

許したい、許せないの間。

親にとって、「産まれてこなければよかった」という言葉は、もしかしたら口が減らない私を黙らせる一つの手段だったかもしれない。そんな軽いものだったのかもしれない。そしてそれを言わせてしまった私も、また悪いのかもしれない。それは今でもわからないが、確かめようとは思わない。確かめたくない。

だって「忘れた」と言われても傷つくし、「そんなこと気にしてるの」とか「その通りだよ」と言われても傷つくから。とにかく自分の傷をこれ以上抉りたくない。親との関係について現状を変えるのが怖い。少しでもマイナスな方向に針が振れたら、耐えられない。プラスなんかになるわけがない。いい方向に変わるわけがない。20年で一度も変わらなかったことが、大人になって私が何か話したところで、何も変わらないと思ってしまう。そして現状を変えようと思ったらもちろん話し合いをしなければならないわけだけど、その過程を思うだけで疲れるし、ひどく胃が痛む。

一度言ってしまった言葉は消えないと思う。取り消せない。ほんの少しだけ、私のことを「愛してる」とふざけ半分で言われたこともあった。でも私は「産まれてこなければよかったって、そう思ってるくせに」としか受け取れなかった。だって人は、かけらも思ってもないことは言葉に出てこないと思うから。実際その時私は邪魔だったんだと思う。私がいるせいで離婚できなくて、自分の人生を無茶苦茶にされた。そう思っていたんだと思う。でも、それを私に言ったところで、どうにもならないのも、知っていると思いたい。

絶縁はしない。私のこどもにとっては、かけがえのない祖母であり、母もよき祖母であろうといてくれる。そして義実家や、夫、何より私が尊敬している叔母もそれを望んではいないからだ。

じゃあどうしたらいいのか。私は謝ってほしいのか、愛していると言ってほしいのかと考えたこともある。そうではない。求めている言葉を言ってほしいのは、その時の、そう言われた時の私で、今の私じゃないからだ。だから、あとは自分の心の問題だ。自分の心さえなんとかなれば、今まで通りの関係を築ける。

こんな状況でも、それでも最近少しだけ変化があった。以前までの自分ならば、嫌い。憎いで終わっていたのが、許せないけど、許したい。やっぱり母に愛されたい。という素直な気持ちを自分で認められるようになった。

しかし、正しく与えられなかった愛情は、憧れを拗らせ、漫画にいるような理想の母親像を、私は母親に押し付けてしまっているように思う。泥沼化している。あくまでも、私が一方的に泥沼化させているのだけど。

母親だって、人間だ。

特に自分が母親になってよく思う。母親だって体調が悪かったり、気分が乗らない日だってある。様々なことがあって、こどもにさえうまく接することができない日だってある。そう、完璧な母親などいないのだから、私の願いも叶う事はないのだ。あくまでも母親は母親という1人の人間であって、理想の答えが返ってくるはずがないのに、それを期待してしまう自分がいる。今でも、心配してほしくて、母親らしいことをしてほしくてメールしてしまうことがある。そしてその期待を裏切られるたびに泣く。

いい大人になってまで、後何回私はこういうことで泣けばいいのだろう。

夫に愛され、新しい家庭を築いても、母の愛情を求めてしまう。当たり前に与えられなかった愛情というのは、呪いは、やはり思っている以上に根が深いようだ。

狭間で揺れ、苦しいのは、私は毒をまだ吐き出している最中で、まだ許すフェーズにまでは到達していないのだろうということにしたい。

最後に

同じことを書くようだけど、自分の家がちょっとでも変?と思った人は、やはり一刻も早く家を出ることをお勧めする。私は高校生の時に家が変だ、家を出たいと距離を置きつつ、結婚してやっと家を出てそして今に至るのだが、10年経っても解決できていない。できれば早く離れることに越したことはない。でなければ20歳を過ぎて、大人という歳になっても、親を理由にして20代という貴重な時間を犠牲にすることになる。それを社会は許してくれないし、自分の為にもならない。距離を置けば見えてくるものが本当にある。少し冷静になれるだけで、許せないものが、あれ?許せそう…?まで回復することだってある。冷静になっても、許さないと結論をつける人もいるかと思う。私はそれでいいと思う。自分の人生なのだから、それがどんな答えであれ、親に縛られず、自分で納得のできる答えを考えて、自分で答えを出す。それこそが私は1番大切だと思う。

最後に、お母さん。貴方は、様々なことがある中で子育てをして、さぞかし大変だったろう、それでも頑張って私を大人まで育て上げた。ひとりの人間として、とても尊敬しています。そして感謝もしています。

今は実家に帰るのも、連絡が来るのも胃が痛くなる。親としては無理だけど、将来はひとりの人間として、ちょっと歳をとった女性の友達として付き合えたらと思う。そしてなるべく早く私が次のフェーズに進んで、許せることを願いながら、この記事を締めくくりたいと思う。